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最強の階級 part7

2007年5月26日

終わっていた。
このとき既に、海のあの向こうは完結している。
時が嘘か真か?何故かそれだけを残して_

少し遡る・・・

この闘いは正しくPRIDEとUFCの真剣勝負であった。
世界の核はこの場だった。

その黄昏の刻
世界最高峰の強さを誇ったのは
PRIDEだと
彼が間違いなく証明してくれた_

それから4年が経ち、多くの者がリングを置き去った。
なぜならリングでは果たせない彼らの夢が出来たからだ。







しかし君たちは見逃している。
見逃している間に、彼は君たちの夢を繋いだ_

UFC vs.PRIDE ?(UFC Light Heavyweight Championship)
Chuck Liddell vs.Quinton Jacksonn

"リデル"の失敗
UFCの唯ひとつの失敗は、このリベンジを果たせなかった事だけだろう_

この時、世界最高峰のベルトが誕生した。
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最強の階級 part6

Chuck Liddell

口髭とモヒカンの間に光る子供じみた眼差し_

彼と言ったらあの"両腕を拡げた瞬間"を思い起こす方も多いだろうが、"アメリカ人の表象"を直感的にその彼らと共有できない私でも、この写真の持つイマージュだけは、彼らと今でも共有できると思っている。

拳道学を彼の中に於き_6年が過ぎた。UFCだけでも10勝2敗と、当時としては抜群の戦績を誇っていた。しかし無冠であった。主役では無かった。
この年に始まった、SpikeTVによる流行りのリアリティ番組(TUF)では、二年前に敗れた現王者ランディ・クートゥアとチームを別けた。その地位は、確かに錚々たる顔ぶれを降して得たものであるが、私にはもぅ一つ、それが無冠であるが故でもあるように思える。

2005年4月16日。
この後彼が"Octagon"で主演を演じた時期_それさえも"PRIDE"という絶頂の舞台から見れば、随分と低く見えたかもしれない。しかし彼ら二人のこの闘いは、UFCの成功を決定づけたのである。なぜならTUFは名脇役のこの演技で締められ、その未来の幕を開けたのだから_。あの広げられた両腕は、UFCの羽根となったのだ。

UFC 52: UFC Light Heavyweight Championship
Randy Couture vs.Chuck Liddell

少し先の話だが、彼が2009年に 6人目の"UFC Hall of Fame"(UFC殿堂)を受賞したとき、もぅ一人_そこに7番目の名を刻んだ者がいる。だが彼は、この授賞式の丁度4ヶ月前に事故で亡くなっている。この写真の実に愛嬌ある彼の衣装の胸にもプリントされ、そして誰よりも彼の胸に深く刻まれた。MMA界の発展に大きく寄与した彼もまた名脇役であった_。TAPOUT創始者"Charles 'Mask' Lewis Jr" のご冥福を祈る。

最強の階級 part4,and5

Ultimate参戦3試合でUFCトーナメント制覇、全4戦KO勝利にて勿論無敗、その試合時間総計_僅か185秒。

   最高のAmerican Dream
       最高のTeenage Dream



夢から醒めたとき_
目の前で両の拳をあげた男は背に星条旗を掲げ、真の歓声を喝采をうけていた。悔しかった筈である。若さでも技術でも負けていないと思ったろう。なのになぜ?この四十路に片足を踏み入れた男の名を皆で繰り返す?_"Randy"と。

_負けたのだ。負けたから今は罵声を浴びているのだ。しかし今、それを断ち切るチャンスが来た。もぅ一度、人生を裏返してみせる。俺は憶えている。合衆国の実況もそぅ叫んでいたようにあれは唯の"Upset"じゃないか_。

その通り_
大方の期待と予想を裏切って、僅か数秒で片が付いた。裏返してみせた_やはり俺は歓声を受けるべきなのだ。
だがBrazilianが喝采を受けることなど有り得なかった。有ってはならない空気で充満していた。なぜなら、この大会のサブタイトル"Supernatural"は彼の物では無く、あの男のものだったのだ。目の前にいるあの男_ランディー"ナチュラル"クートゥアのものだった。

すぐさま合衆国のRevengeが組まれた。

UFC 49: UFC Light Heavyweight Championship
Vitor Belfort vs.Randy Couture

再び、人生が裏返された。
いや、裏で変わらなかったのかもしれない_

最強の階級 part3

UFC43.jpg

2003年6月6日_
この日はUFCにとって決して分子ではない。

"Couture"の語源はフランス語で「オートクチュール」を意味する。
"オート"は「高級」を"クチュール"は「仕立て」などをそれぞれ意味するから、彼の威名である"THE Natural Couture"とは「ナチュラル・オートクチュール(自然の特注品_)」という意味になる。その真偽はさておいても、彼の統べてはそれ以外の何ものでもない。

"オーティズ"にしろ、この少し前にUFCヘビー級王者になった"ジョシュ・バーネット"にしろ。恐らく当時のUltimate Fighterの殆どに付きまとった烙印は、その真逆であった。特にヘビー級は、UFCに限らずあらゆる団体のフラッグシップを飾る。しかし飾るが故の免罪符となっていた事も事実あっただろう。

私は以前に記した彼の言葉を思い出す_

あれは何もUltimateの正味や、その彼らの出自のことばかりを指した自虐ではない。"prohibited drugs"という焼き印は、UFCのすべての意義を曖昧にしていた。いや、少なくとも彼の闘う意義を曖昧にした。それは紛れもない。だからこそ彼はこの日、"増さねばならない躰"を拒んだのである。

それが事実となった日_
それを最も畏れた男は苛立った。正王者が、恥も外聞もなく当たり散らしたのである。
"オーティズ"の躰の記憶が真っ先に反応していた。

この日、彼はUFC初の二階級制覇の偉業を成し、そして数日後_
彼は40歳を家族と迎えた。

最強の階級 part2

4度目の防衛を果たしたベルトが目の前でケージに置き去られた。
主を無くしたベルトは系譜を辿るように再び海を渡る_




彼一人の時代が始動した_

それにしても_彼はアメリカンヒーローだったのか?
私には結局最後までそうは見えなかった。
例えば"マイク・タイソン"_彼もまたアメリカンヒーローだったろぅか?

未成熟_
二人はまさに大いなる幻想を抱えた、戦後のアメリカ史のようでもある。
ベルトを4度防衛し、それを観る者の意志に任せた"フランク・シャムロック"_。そしてベルトに観る者の服従を誓わせた"バット・ボーイ"_私はUFCでの両者の意義をそぅ感じている。ベルトへの愛着より、相手の戦術を常に否定し続けた男は、その後、やはり私生活でのトラブルに見舞われる。

さても_青二才は5度ベルトを防衛した_
ヒクソンの一番弟子を降したばかりの近藤有己を112秒_。当時、アルティメット戦績23勝2敗、グレコの州王者であった"エヴァン・タナー"を32秒ボディースラムで失神KO_。"オーティズ"の難敵と予想された"ジェレミー・ホーン"を降し波に乗る柔術家"エルヴィス・シノシック"を_。欧州レスリング界の雄"ウラジミール・マティシェンコ""を_。そしてUFC40_大会サブタイトル通り、愛弟子の仇討ちに怒り狂った"獅子"を試合続行不可能に追い込み退けた。王座を明け渡されてから4年の歳月が流れたが、UFCの歴史が彼一人に集約したと云って過言では無かった。

しかしそれは、紛れもなく"濤波"を引き寄せることとなる。
2003年6月6日、その日を迎えた_
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iNOVEL:武夫の拵え(2010.10 〜 連載中断。なお作業はコツコツ継続中)

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