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葉隠

Bushido.pngshingol氏の云う武士道、葉隠には大賛同だが...

「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」
「武士道は死狂いなり」

など、葉隠には随分と「死」という言葉が出てきます。
武士と云うより坊主気質であったろぅ山本常朝(武士階級ですが)が、どんな思いで之を聞き及び「武士道」と記したのかは知りません。ですが、私は鍋島藩祖の事は少し知っているつもりですから、この写しは本来、鍋島直茂の"戦功そのもの"であったのだろうと思うのです。が彼の云う、武士道における「死」の意味は何なのか?三島由紀夫は本当の死を選択しましたが、私には少し解らないのです。

江戸期(太平の世)以前の武家の庶流が曖昧ではありますが、それまでの「武士(広義)」の本懐は「死ぬる事」ではなく「生きること」であり、生への執着を果てしなく追求した集団であると思います。忠義で括られる(常朝は「死狂いなり」の一心不乱の様に忠義は自ずと籠もると云ってますが)主従関係は後々の講談では見受けられますが、本来の武士とは、あくまで契約に基づいた主従関係を基調としています。最近話題になった上杉の「義」はまるで嘘っぱちで、彼らは「実」(例えば:くちべらし)の為に他国に戦争を仕掛けているのです。
それから、「切腹」などと言うことも中世には既に存在した筈ですが、それらは主従関係における主の正当性を宣伝する為に従者に科せた刑執行の側面が強いのです。殆どは斬首・磔、若しくはそれらを逃れるために行う自害(斬首・磔は未だ良い方で...)が一般的でした。
ですから、後の、この「葉隠」をあまりに拡大解釈したような「忠節の死」というような思想は、武士を好む私には、到底理解できない領域なのです。私は職務上、法律に基づいて「国民の負託にこたえること」を宣誓していますし、もちろん家族や同胞の為に身をていする覚悟があります。ですが、それは私の「実」でありますが、「美」や「徳」では無いのです...。つまり武士と武士道を同義に捉えられ、単に戦時に持て囃され、果ては宗教概念の薄い日本において聖書のように美化されることを遺憾に思うのです。

なぜ?常朝は
「武士道と云ふは生きる事と見付けたり」
「武士道は生狂いなり」
と云わなかったのでしょうか...

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