スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

本質

NHK大河ドラマ【風林火山】第42話において、宿敵である上杉謙信と山本勘助の姿は共に高野山に在った...。

勘助:由布姫(諏訪御料人)を弔う為、出奔した山本晴幸
宗心:弘治二年(1556年)越後を出奔、落飾中の上杉景虎
清胤:真言密教の僧(1522?1600)

曼荼羅


清胤
「この曼荼羅をご覧あれ
宇宙の根源の有様を解き明かすものじゃ
中心に大日如来がおられ
これから悟りを拓かんとする菩薩がおわす
その次に如来と菩薩を守る明王、諸天部がおる
天部とは仏法守護の神
そなたの信ずる摩利支天や、毘沙門天も天部じゃ
斯くの如く多くがあつまり、一つの和を成しておる
この世には争いが有ることも認め
故に和を成すことが大事と説いておる
外なる敵も、内なる欲も、怒りも慈愛も仏も神も
皆、己の中に有る事を悟り
それを整えていかねば成らぬ
それが修行じゃ
即ち、この世で生きたまま、御仏と一つにもなれる道じゃ」

宗心「即身成仏」
清胤「然様」
勘助「これはまるで主君と家臣の間の如くで御座るなぁ」
清胤「其方にはそう見えるか」
勘助「見え申す」
清胤「其方らは面白いのぉ」「一方は己を高く、一方は己を低く見過ぎておる」「まるで、天と地じゃ」

※勿論これは創作ではあるが、この物語の設定としては大いに本質に迫っているし、もしや?とさえ思える程の場面である。

其処でじゃ...
皆々様はこの遣り取りにどんな己の本質を見極めるのか?
愛・家族・仲間・仕事...それとも
関連記事

Comment

ふと連想を

こんにちは。
ひろさちや、という仏教学者がいます。文庫や新書、その他たくさんの著書があります。
近著の中で大略「人の世の幸不幸や運の良し悪し、金銭にまつわるあれこれ、私たちは他人を羨み、恵まれない自分を嘆きますが、すべては仏様のシナリオに沿って配されているのであり、すべてに意味と役割があり、それは時間的空間的にあまりにも広大無辺なものなので、卑小な人間には理解できないのだ」と書いていました。

今回のお話に通じるものがあり、それを表すのが、buhenshaさんが載せられた曼荼羅なのかもしれません。……といったことを、ふと思いました。

お早う御座います。こんなにも速くコメントが来ているとは...失礼しました。(最近twitterに填ってまして)

ひろさちや氏の言われる事、尤もであります。
私も常々「本質」という言葉を使いますが、勿論、それを真になど見極めて等おりません。ただこの曼荼羅...見方によって大きくも小さくも見えます。例えば視覚対象としては黄金比なんかもそうですよね。孫悟空と釈迦の話なんかもそぅ。真の本質など見えよう筈もないですが、それを知らないで感じ見極めるのと、知っても見極めていこうとするのとでは、視界が視覚が違うと思いませんか?
こんなことをrascalさんに言える立場ではありませんが、何時か...二人して宇宙から地球を見に行きたくはありませんか?識りたいですね。色々なこと。(決して宗教の勧誘ではありませんw)
非公開コメント

Favorite links
Personal
管理者:武辺舎
Year of birth:1970
Sex:Man
Occupation:S,National government employee
Family structure:One wife,Three children
Sports:Baseball,Bayonet
Mail:buhensha@gmail.com
マイブレス飲食部門会員No1007
iNOVEL:武夫の拵え(2010.10 〜 連載中断。なお作業はコツコツ継続中)

武辺舎

Latest Entries
Comments

openclose

Buhen暦

▲NOW

Category
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。