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paradox

封建制度と儒教が相まって江戸期から庶民にも芽吹いたとされる男尊女卑(男性上位)の社会。そんな時代が数百年間、いや実刑的な不平等であるならば僅か数十年間、日本にも存在した事を盾に、今も益々盛況に女性の地位は向上している。実は、そんな思想を植え付けたのも、それを解放させたのも、海の向こうの思想なのだが...。

先日のエントリ(today)で記した言葉には続きがある。

「一樹の蔭、一河の流れ、是他生の縁と承り候が、そも、をとゝせの此よりして偕老の枕を共にして、只影の形に添ふが如くなれまいらせ候おん情こそはうれしう候へ。この頃承り候へば、主家の為め最早最後の御一戦のお覚悟の由、かげながら嬉しく思ひまいらせ候。唐の項王とやらむの虞氏、木曾義仲殿の局、さるためしは、わが身も厭はしう候、されば世に望み窮りたる妾が身にては、せめて御身御存生の中に最後を致し、死出の道とやらんにて待ち上げ奉り候、必ず必ず秀頼公多年海山の鴻恩御忘却なき様頼みまいらせ候、あらあらめでたくかしこ  妻より」

この句は、慶長20年(1615)5月6日...秀頼を主将とする大阪方に与し、この一戦に百死零生を覚悟し、己の兜に伽羅(お香)を焚き詰めて出陣した木村 重成の妻、青柳の辞世の句とされているものである。

現代女性には不理解以上に否定されるであろぅ"自己犠牲"に生きぬいた武夫(もののふ)の妻は、この句に充ちているように、女性としての矛盾を自らの徳として生き抜いたのである。それは、夫を支える家庭的な側面と、時に薙刀を振るう勇婦的(アマゾネス)な側面を同時に己に内包させるという事であるが、その両極の真中に、つねに懐刀(短刀)をしのばせるのである。そぅ、夫にのみ捧げる己の身の純潔さ(貞操)を死ぬまで、いや死んでも守る為に...。

そのような生き方を人は「内助の功」としてキチント尊んだ時代であった。勿論それは、後に武士道とよばれた武夫の主家に従う"自己犠牲"の精神と同義であったのだ。

幾百年の後、女性解放運動が当然の如く沸き上がり、女性の奴隷的地位は解放された。しかし、この句にその微塵をみることができるであろうか。キリスト教でも"信仰の量りに応じる奉仕"とされるように尊ばれ、そしてそれは自己犠牲のうえにようやく成り立っているのである。

かくして...武夫の"御恩と奉公"で創られた片割れ的な自己犠牲の世界観だけが残った。


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