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最強の階級 part1

UFC22.jpg


UFC Japan(1997年12月21日)

始まりである_

そぅ、この戴冠式は我が国で初めて行われ、その栄誉を授与されたのは紛れもない_
パンクラシストなのである。

しかし当時。UFCは未だトーナメント全盛期であった。このUFC15.5とも呼ばれた大会の前に開催されたUFC14(同年7月27日)も、ミドル級とヘビー級の同時トーナメントの大会であった。その大会のミドル級トーナメント優勝者が、この試合で秒殺された"ケビン・ジャクソン"である。また同年初めてミドル級を冠された大会であったUFC13(5月30日)は、"ガイ・メッツァー"がトーナメント初制覇を果たし、その威名を遠く轟かせていた。その後もミドル級トーナメントは開催された。しかし_メッツァーも、またUFC17(翌年5月15日)ミドル級トーナメント優勝者"ダン・ヘンダーソン"も、そして"カーロス・ニュートン"さえも、遠く離れた島国を目指した。
間違いなく、この時期、ガラパゴスだったのはこの大陸であり、そこでただ一人_
UFC初代ミドル級のベルトは祖国を憂いていた。

そんな中。一人の若者が、こちらもある意味"大和"に救われていた。彼は、後にライトヘビーと呼ばれる事になるこの階級の、長く激しい歴史_そのオープニングの笛を紛れもなく鳴らしていた。そしてリザーバーでありながら、その記念大会の決勝にまで進む。後に彼を振り返れば、それはまさに"導かれた"としか言いようがない。しかし_唯の喧嘩っ早いレスラーあがりの飢えた男が、陽光ではない光線を浴びる度_狂気を蓄え始める。人々は"The Huntington Beach Bad Boy"と、彼を呼ぶようになった。それは決して敬称ではない。しかし彼はそこに応え始める。ついには、リベンジ戦で降したメッツァーを"ゲイ"呼ばわりしてしまい、それがメッツァーの所属する「Lion's Den」の総帥であり、UFCミドル級王者の義兄の耳に届いてしまう。

その間_その、まだまだ短い道のりの間_
暴悪が華やぐ様を他所に、ベルトは三度、守りきられていた_

UFC22: UFC Middleweight Championship
(later renamed the UFC Light Heavyweight Championship)
Frank Shamrock vs.Tito Ortiz

この一戦を最後に、王者は王者のままUFCを去ってしまう_
                        そして二度と戻らなかった。
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管理者:武辺舎
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iNOVEL:武夫の拵え(2010.10 〜 連載中断。なお作業はコツコツ継続中)

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